ときには、気の向くままに

心の調和とリセット
雨上がりの山道を歩き、心の向くままに過ごすひととき。

Live at Your Own Pace: The Quiet Freedom of Letting Go of Plans.

「芒鞋甫掛,忽想翠微之色;蘭棹方停,忽聞新漲之波。」

草鞋を脱いで掛けたばかりなのに、心はもう山の緑を思っている。船を岸に着けたばかりなのに、耳には春の増水した川の音が聞こえてくる。

ひとつのことが終わっても、心はなかなか立ち止まろうとしない。

一見、何の成果も生まないような時間。何かを得られるとは限らないが、日々の慌ただしさのなかで、自分自身を見失わずにいるためには、案外そうした時間こそ必要なのかもしれない。


一、休むことにまでチェックを入れる

林は、周囲にほとんど心配をかけないタイプの人間である。

引き受けたことは期限どおりにきちんと片づける。会社で厄介な問題が起きれば、同僚たちはまず彼に相談する。

彼のスマートフォンには、週末の予定表が入っていた。ひとつひとつの項目の後ろには、小さなチェックボックスがある。何かを終えるたびに、青いボールペンでチェックを入れる。整然と並んだチェックマークは、まるで二日間の暮らしを決められたレールに打ちつける釘のようであった。

ただ、日曜日の夜九時以降だけは、少し空白が残されていた。

私は不思議に思って尋ねた。

「ここだけ、どうして予定がないんだ?」

「風呂に入って、寝る準備をする時間だから」

「それも予定に入るのか?」

「もちろん。早く寝なければ、月曜日に仕事ができないからね」

私は笑いながら尋ねた。

「理由はうまく説明できないけれど、どうしてもやってみたいことって、何かないのか?」

彼は少し考えてから答えた。

「たまには山に行って、ぶらぶら歩いてみたいな」

「だったら行けばいいじゃないか」

彼はスマートフォンに目を落とした。

「まず時間があるかどうか、調べないと」

その土曜日、林はもともとジムへ行くつもりだった。ランニングシューズをきれいに拭き、靴ひもを結ぶ。玄関で靴を履こうと腰をかがめたとき、ふと窓の外が目に入った。

数日前に雨が降ったせいか、遠くの木々の葉は深い緑を帯び、雲が山の中腹に低く垂れ込めていた。

そのとき、スマートフォンが鳴った。仕事のグループチャットに新しいメッセージが届き、画面の右上に赤い通知マークが点灯した。

親指が画面の上で止まったまま、なかなか動かない。

まだ返信していないメールがある。読んでいない本もある。夜のトレーニングも予定どおりこなさなければならない。

彼はスマートフォンをポケットに戻し、バッグを手に取った。だが、すぐにまた置いた。

キッチンには伏せたままのコップがあり、机の上には途中まで読んだ本が開かれている。壁の時計は、一目盛りずつ確実に時を刻んでいた。

林は玄関に立ち尽くし、理由のわからない苛立ちを感じていた。

それでも、最後には家を出た。

地下鉄が山のふもとの駅を通過しようとしたとき、車内アナウンスが突然流れた。

「前方区間で設備故障が発生しました。運転再開の時刻は未定です」

予定はあっけなく崩れた。

林は反射的にスマートフォンを取り出し、予定を組み直そうとした。

しかし、画面を見下ろして時間を計算していると、車窓の上方に山が見えた。

彼は顔を上げて山を眺め、それから再び時計を確認した。そして、山道へ向かって歩き出した。

そのとき、心に湧いてきたのは解放感ではなかった。

むしろ、何か悪いことをしてしまったような気持ちだった。


二、場違いな小さな旅

山の風は、街の風よりも冷たかった。

雨上がりの石段には湿り気が残り、木の葉についた水滴が今にも落ちそうに揺れている。

林はゆっくり歩き始めた。ところが、最初のうちは何度もスマートフォンを確認し、山頂まであとどれくらいあるのかを計算していた。

しばらくして、彼はふと足を止めた。

せっかく散歩に来たのに、どうしてまた一歩一歩を予定に組み込もうとしているのだろう。

彼はスマートフォンをバッグの中にしまった。

ほどなくして、雨が降り始めた。あっという間に本降りとなった。

傘を持っていなかった林は、慌ててスマートフォンを取り出し、地図アプリを開いた。画面には雨粒がつき、表示された道筋もぼやけている。

分かれ道で進む方向を間違え、靴はぬかるみに沈んだ。

そのとき、スマートフォンが震えた。

仕事のグループチャットに、プロジェクトについての質問が届いていた。文末には、疑問符が二つ並んでいる。

続いて、プロジェクトマネージャーから電話がかかってきた。

「林、グループのメッセージは見たか? 客先が急いでいるんだ。すぐに返事をしてくれ」

「今、外にいるんです。電波があまりよくなくて」

「電波が悪い? 週末なのに家にいないのか?」

相手の声には、明らかな不満がにじんでいた。

「このプロジェクトはずっと君が担当しているんだ。ほかの人では引き継げない。できるだけ早く場所を見つけて対応してくれ」

電話が切れた。

林は雨の中に立ち尽くした。胸の奥から、いつもの焦燥感が一気に込み上げてくる。

スマートフォンを開くと、まだチェックの入っていない予定が並んでいた。まるで自分を裁くために待ち構えている無数の目のようだった。

ただ散歩に出てきただけなのに、何か悪いことをしたような気分になる。

彼は引き返そうとした。

だが、数歩進んだところで、再び足を止めた。

雨水が襟元から流れ込み、靴の中には水がたまっている。

なぜ、やることが山ほどあるのに、よりによって今日、出かけてしまったのだろう。

なぜ、外に出ただけで、すべての人に言い訳をしなければならないような気持ちになるのだろう。

少し先に、目立たない小さな店があった。

林が扉を開けると、風鈴が二度鳴った。

カウンターのそばでうたた寝していた灰色のキジトラ猫が、薄目を開けた。

奥から、白髪交じりの女性が出てきた。林の濡れたズボンの裾を見ると、眉をひそめた。

「山登り?」

「ええ」

「傘は持ってこなかったの?」

「忘れました」

女性は生姜茶を一杯注ぎ、テーブルに置いた。

林はポケットからスマートフォンを取り出し、支払いのためにQRコードを読み取ろうとした。

「先に飲みなさい。手が真っ赤じゃないの」

生姜茶はとても熱かった。

林は両手でカップを包み込み、立ち上る湯気が頬に触れるのを感じた。

女性はカウンターに戻り、ゆっくりとテーブルを拭き始めた。

「誰かと待ち合わせ?」

「雨が弱くなるのを待っています」

「一人なの? それならいいじゃない。好きなだけ座っていられるもの」

林はスマートフォンを取り出した。

また赤い通知マークが点灯している。

彼は画面を見つめ、入力欄の上で指を止めた。

女性がちらりと彼を見た。

「急ぎの用事?」

「仕事のことです」

「だったら返事をすればいいじゃない」

「でも、実は今すぐ返さなければならないわけでもないんです」

女性はテーブルを拭く手を少し止めた。

「じゃあ、何をそんなに急いでいるの?」

林は口を開きかけた。

仕事を遅らせるわけにはいかない。同僚も返事を待っている。大人なのだから、雨が降ったくらいでやるべきことを放り出すわけにはいかない。

そう言おうとしたとき、女性が先に口を開いた。

「せっかく出てきたのに、もったいないね。山も見たし、雨にも降られた。それなのに、ここに座っていても、まだ外のことばかり気にしている。体はここにあるのに、心はまだ会社にいるんだね」

林は少し腹を立てた。

「あなたには、私たちの仕事の事情はわからないでしょう。プロジェクトを抱えているし、何十人もの人が関わっているんです。私が返信しなければ、誰かが代わりに負担を背負うことになるんです」

「だから、全部自分で背負うの?」

女性はふきんをテーブルの端に置いた。

「私が思うに、仕事が遅れるのが怖いんじゃなくて、本当は……」

林は眉をひそめて言葉を遮った。

「あなたにはわかりませんよ」

「そうだね……わからないね」

女性は空になったカップを手に取った。

「うちの息子も、あなたと同じようなものだったよ。週末に孫を公園へ連れて行ったのに、上司から電話がかかってきた途端、電話ばかりしていた。子どもが泣くと、物わかりが悪いと怒鳴ったんだ。

それで、どうなったと思う?

プロジェクトが終わっても、会社は何事もなかったように回っていく。でも、孫は父親の顔を見ると逃げるようになってしまったよ」

林は呆然と座っていた。

ふと、子どもの頃のことを思い出した。

故郷の家の前で、しゃがみ込んでアリの行列を眺めていた自分。

一匹一匹のアリが、小さなパンくずを石の隙間まで運んでいく様子を、いつまでも見ていられた。

窓辺に腹ばいになって、雨粒がガラスをゆっくり滑り落ちていくのを眺めることもあった。

母親に食事だと呼ばれると、返事はする。それでも、あと少しだけ見ていたくて、なかなか立ち上がれなかった。

あの頃、今日何を成し遂げたのかと尋ねる人はいなかった。

壁際にしゃがみ込んで過ごした午後に、どんな価値があったのかを証明しろと言う人もいなかった。

ただ、眺めていた。

そして、そんな午後は、何の説明もなく過ぎていった。

いつからだろう。

自分は、そんなふうに時間を過ごすことを許せなくなっていた。

空白が怖かった。チェックの入っていない四角が怖かった。誰かに「今日は何をしたの?」と聞かれたとき、答えられない自分が怖かった。

彼は、信頼される人間でありたかった。堅実で、安定していて、誰にも失望させない人間でいたかった。

しかし、その願いは一本の縄のようになっていた。

一方の端には責任が結びつき、もう一方の端には自分の足が結びついている。

真面目に取り組めば取り組むほど、その縄はきつく締まっていく。

林は心の中で思った。

自分自身を、少し変える必要があるのかもしれない。


三、本当に修正すべきもの

月曜日の朝、エレベーターの扉が開いたとき、林はちょうどプロジェクトマネージャーと顔を合わせた。

相手は歩きながら、週末の件を持ち出した。

「昨日は結局、どうして返信しなかったんだ? 客先からクレームが来るところだったぞ」

その声は冷たかった。

「月曜日の午前中に対応します。十時までに結果をお伝えします」

「君は以前、そんな人間じゃなかったのにな」

プロジェクトマネージャーはそう言い残し、会議室に入っていった。

林が席に戻ると、メールが次々と届いていた。

二つの仕事を片づけたところで、同僚が書類を持ってやってきた。

「林さん、この件をちょっと見てもらえませんか? 客先には午後までに回答しなければならなくて」

以前の彼なら、おそらく手を止めて、すぐに書類を受け取っていただろう。

しかし今回は、まず自分の画面に表示された進捗を確認した。

「いいですよ。今やっている仕事を先に片づけてから、十一時までに返事をします」

同僚は少し驚いた顔をした。

「今すぐ見てもらうことはできないんですか? いつもなら、すぐに対応してくれるのに」

「今すぐ引き受けたら、プロジェクトマネージャーに十時までに提出すると約束した仕事が後ろにずれます。客先への回答は午後の何時ですか? 十一時までなら間に合いますか?」

同僚の表情が曇った。

「わかりました。忙しいところ、すみません」

そう言って、彼は立ち去った。

林の心の中で、古い縄がすぐに張り詰めた。

そのかすかな音まで聞こえてくるようだった。

どうして断れるんだ?

相手が頼んできたのに。

責任感がないと思われたらどうする?

手を緩めた途端、これまでの「頼りになる人間」ではなくなってしまうのではないか。

そんな不安が胸をよぎった。

しかし、今ここで同僚の仕事を引き受ければ、プロジェクトマネージャーとの約束を守れなくなる。それもまた、無責任なことではないか。

十一時前、林は同僚に書類を渡した。

仕事は滞りなく進み、何事もなかったかのように回っていた。

そのことが、彼には少し意外だった。

昼休み、妻からメッセージが届いた。

「今週末、お母さんのところに行くんでしょう? 先週もずっと上の空だったよ。お母さんに話しかけられても、聞いていなかったじゃない」

林は返信した。

「行くよ。今週は予定を少し減らす」

妻からはすぐに返事が来た。

「毎回そう言うよね。前も予定を減らすって言ったのに、日曜日の夜はまたパソコンにかじりついていたじゃない」

林は画面を見つめたが、反論しなかった。

これまで彼は、疲れを解消する方法は、時間の管理をさらに厳密にすることだと思っていた。

やることが多ければ、予定をもっと細かく組む。メッセージが多ければ、いつでも返信できるように習慣づける。

まるで機械のパラメーターを調整し続ける技術者のように、もう少し精密に管理すれば、すべてが整然と回り始めると信じていた。

しかし、人間は機械ではない。

ある種の疲れは、生活を管理しすぎることから生まれる。

たとえば、一つの部屋の隅々まで無駄なく使い切り、歩くときでさえ気を遣わなければならないとしたら、どれほど整頓されていても、そこで心地よく暮らせるとは限らない。

本当に修正すべきなのは、ひとつの習慣ではなく、生活そのものの構造なのかもしれない。

林は週末の予定表に、四つの文字を書き加えた。

「目的のない時間」

具体的な目標は設けない。本を何ページ読むとも、何歩歩くとも決めない。

天気がよければ外へ出て、ぶらぶら歩く。天気が悪ければ、家でお茶を淹れる。

最初は、それほど簡単ではなかった。

スマートフォンが十数分間静かなままでいると、彼は無意識に手を伸ばしてしまう。

食事を始めたばかりなのに、仕事の問題がふと頭に浮かび、箸を置いてスマートフォンを手に取ることもあった。

けれど、妻との約束を思い出し、食事中は仕事をしないと決めたことを思い出して、またスマートフォンを置いた。

「信頼されることと、いつでも呼び出しに応じることは違う。責任を果たすことと、すべてを即座に終わらせることも違う」

彼は心の中で、そう自分に言い聞かせた。

ある日、私はまた彼に尋ねた。

「目的のない時間は、うまく実践できているか?」

彼は眼鏡を押し上げて答えた。

「実践しているよ」

「何か評価基準はあるのか?」

「ないよ」

彼は自分で笑い出した。

「このプロジェクトには、検収基準がないんだ」

それからも、林は日曜日の夜になると翌週の予定を確認し、相変わらず几帳面にチェックマークをつけていた。

ただ、その予定表は以前のように隙間なく埋め尽くされることはなくなった。

ときどき、一つか二つの空白を残すようになった。

予定を入れ忘れたのではない。

予定を入れなくてもいいことがあると、ようやくわかったからである。


四、暮らしに少しの余白を残す

何もしない時間にも、心を満たす小さな豊かさがある。

もちろん、気の向くままに生きることは、何でも気分次第で決めるという意味ではない。

仕事がうまくいかないたびに姿を消し、引き受けた責任を他人に押しつけるのなら、それは自由ではなく、ただの逃避である。

節度ある「気の向くまま」とは、人を傷つけず、果たすべき大切な責任から逃げないことを前提に、ときには決められた道から外れることを自分に許すことである。

人との約束は、これまでどおりできる限り守る。重要な仕事にも、これまでどおり真剣に取り組む。

ただ、すべての小さなことを「必ずやらなければならないこと」にまで格上げする必要はない。

完璧な計画を維持するために、ふと湧いてきた興味や、その場で生まれた気持ちをすべて犠牲にする必要もない。

ある日の帰り道、林はマンションの入り口まで来たところで、道端の木に花が咲いていることに気づいた。

花はそれほどたくさん咲いているわけではない。小さな白い花が、葉の間にひっそりと隠れるように咲いていた。

彼はちょうどスマートフォンを取り出し、翌日の会議資料を確認しようとしていた。

しかし、その木に目を留めた瞬間、手が止まった。

彼はスマートフォンをポケットに戻し、木のそばまで歩いていって、しばらく立ち止まった。

風が吹き、何枚かの花びらが肩に落ちた。

写真を撮ることもなかった。何という名前の木なのかを調べることもなかった。この出来事を、何かの教訓として書き残そうとも思わなかった。

しばらくして、空の色を見上げると、そのまま家路についた。

ただ、それだけのことだった。

けれど、人が本当に変わり始めるのは、何か大きな人生訓を理解したときばかりではない。

ある日、以前なら決してしなかったことを、何気なくしてみる。

以前の彼なら、きっと急いで家に帰り、食事を済ませ、メールを確認し、翌日の予定をチェックしていただろう。

今も、それらをすることに変わりはない。

ただ、そのすべてを始める前に、ようやく自分自身のために数分間を残せるようになった。

誰かのためでもなく、将来のためでもない。

ただ、自分のために。

「余白」については、別の記事【幸福とは「余白」の芸術である――持つほど満たされないのはなぜか?】で詳しく書いています。


五、興が尽きれば、帰ればいい

『世説新語』には、王子猷(おうしゆう)の雪の夜の逸話が記されている。

ある雪の夜、目を覚ました王子猷は、剡渓(せんけい)にいる戴安道(たいたんどう)のことをふと思い出した。

彼はそのまま夜通し船に乗り、友人のもとへ向かった。

一晩かけてようやく家の前にたどり着いたものの、彼は友人に会うことなく、そのまま引き返してしまった。

理由を尋ねられると、彼はこう答えた。

「吾本乗興而行、興尽而返、何必見戴」

「もともと興に乗って出かけたのだ。興が尽きたから帰る。それなのに、なぜ必ず戴安道に会わなければならないのか」

気持ちが向いたから出かけ、気持ちが満たされたから帰る。

彼は、あれほど遠くまで来たのだから、必ず友人に会わなければならないとは考えなかった。

当初の目的を果たせなかったからといって、この旅を無駄だったとも思わなかった。

私たちは、すでに費やした時間や労力に、あまりにも簡単に縛られてしまう。

一度出かけたのなら、思い切り楽しまなければならない。切符を買ったのなら、すべての観光地を回らなければならない。一度始めたことなら、何があっても途中で投げ出してはいけない。

たとえ、もう続けたいと思っていなくても、悔しさから無理をしてしまう。

それまで費やした時間が無駄になることを恐れ、周囲から根気がないと思われることを恐れ、そして何より、かつて大切だと思っていたことが、今この瞬間にはそれほど大切ではなくなっていると認めることを恐れる。

もちろん、物事を続けることは大切である。

しかし、ときには見極める必要がある。

自分は本当に価値のあることを続けているのだろうか。

それとも、以前の計画が今の自分には合わなくなっていると認めたくないだけなのだろうか。

林があの日歩いた山道も、同じである。

彼は山頂までたどり着けなかった。靴は濡れ、ズボンの裾は泥で汚れ、予定していた食事の準備にも間に合わなかった。

以前の彼の基準で考えれば、その日は失敗と呼ぶほかなかっただろう。

けれど、本当にそうだったのだろうか。

彼の記憶に残ったのは、軒先に落ちる雨の音だった。生姜茶を口に含んだときの、あのぴりりとした辛さだった。そして、あの小さな店で、片方の耳の先が欠けた猫が、彼のためにまぶたを少し持ち上げることさえ面倒そうにしていた姿だった。

人生には、どうしてもやり遂げなければならないことがたくさんある。

けれど、すべての瞬間を課題のように生きる必要はない。

計画は、私たちの歩みを安定させてくれる。だが、私たちを縛る縄になってはならない。

責任は、私たちに物事を引き受けることを教えてくれる。だが、それはいつでも待機していなければならないという意味ではない。

努力すべきときには、真剣に努力する。

責任を果たすべきときには、きちんと引き受ける。

ただ、忘れてはならないことがある。

私たちは、すべてのことを成し遂げるためだけに、この世界に生まれてきたのではない。

生きるために、この世界にいるのだ。

ときには、気の向くままに。

それは人生をいい加減に生きることではない。

ようやく、自分自身も人生の中に置いてあげるということなのだ。

興が尽きれば、帰ればいい。

心が安らぐ場所こそ、帰るべき場所なのだから。

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