Time Machine — Encountering Another Self
「物理法則は時間旅行を禁じていない。
だが、もし過去へ行き、もう一人のタイムトラベラーを見つけたら――
絶対に目を合わせるな。」
―― ジャック・ハンディ
一見するとSF小説の冒頭のような言葉ですが、驚くべきことに、世界で最初に“時間旅行理論のビザ”を発行してくれたのは作家ではなく、アインシュタインその人でした。
彼の一般相対性理論は、時間は固い鉄板ではなく、重力の強さによって伸び縮みする柔らかな布のようなものだと教えてくれます。
特にブラックホール付近では、時間は泥沼を進むようにゆっくりと流れるのです。
では――この“ほころび”を利用して、私たちは本当に時間機械をつくることができるのでしょうか。
第1段階:まずは、ズレた「ふたつの時計」を用意する

まず、双子の時計を想像してみてください。
ふたつの時計は、どちらも同じ月曜日から時を刻み始めます。
ひとつはあなたのリビングに置きます。
もうひとつは、宇宙飛行士によってブラックホールの近くまで運ばれます。
ブラックホールの強烈な重力のせいで、そこでは時間の流れが極端に遅くなります。
その結果、次のような状況が生まれます。
・リビングの時計が金曜日になっていても、
・ブラックホール側の時計は、まだ水曜日のままです。
この時点で、あなたはすでに「時間差」をつくり出していることになります。
そしてもし、ブラックホール付近から一瞬でリビングに戻ることができたなら――
あなたは「金曜日から水曜日へ」タイムスリップしたのと同じことになるのです。
これが、時間旅行の基本的な構造です。
第2段階:時空のショートカット――ワームホールをつくる

では、どうやってその「一瞬の移動」を実現すればよいのでしょうか。
その答えは、アインシュタインが理論上は存在を認めた、不思議な時空のトンネルであるワームホールです。
空間を一枚の紙だと考えてみてください。
紙の両端に点を二つ描き、その紙を折り曲げて二つの点を近づけます。
そして、ストローで二つの点を貫くように穴を開けます。
この「離れた二点を最短距離で結ぶトンネル」が、ワームホールのイメージです。
つまり、時間機械の理論的な設計図は次のようになります。
地球 ↔ ワームホールの入口 ⇄(時空の近道)⇄ ワームホールの出口 ↔ ブラックホール近く
構想としては完璧に思えるかもしれません。
しかし、ここには重大な問題があります。
虫洞は信じられないほど不安定で、生まれた瞬間に「パチン」と閉じてしまうのです。
そのため、あなたは入口に触れることすらできません。
第3段階:ワームホールをこじ開ける“宇宙のジャッキ”を探す

ワームホールを開いたままにしておくためには、非常に奇妙な物質が必要になります。
それは、負の重力を持つ物質です。
通常の物質は互いに引き寄せ合いますが、この物質は逆に空間を押し広げようとします。
そんなものが本当に存在するのか、と疑いたくなるかもしれません。
しかし、宇宙にはそれに似た役割を果たしていると考えられているものが実在します。
それが、ダークエネルギー(暗黒エネルギー)です。
これは宇宙全体を加速膨張させている“見えない力”であり、そのエネルギー量は宇宙全体の約3分の2を占めているとされています。
ただし、ダークエネルギーは霧のように薄く、あまりにも一様に広がりすぎています。
これでワームホールを支えようとするのは、霧で重い石の扉を支えようとするようなものです。
物理学者たちの計算は、とても現実的であり、同時に残酷です。
人がやっと通れるサイズのワームホールを安定して保つためには、銀河系に存在するすべての恒星が生涯で放つエネルギーの総量が必要になると見積もられているのです。
ここまで来ると、それはもはや工学の問題ではなく、“絶望”の領域だと言えるでしょう。
そして現れる悪夢:祖父パラドックス
たとえ理論上、ワームホールを安定させることに成功したとしても、まだ最大の問題が残っています。
それが、物理学者を夜中に飛び起きさせるほど有名な矛盾、祖父パラドックスです。
あなたが過去へ行き、祖父が父や母を授かる前に殺してしまったとします。
その場合、あなたは誕生しません。
あなたが誕生しないのなら、そもそも過去へ行くことはできません。
過去へ行けないのであれば、祖父は殺されていないはずです。
このように、因果関係が自分自身を食い尽くすような矛盾が生じてしまいます。
ホーキングは、この問題に対して「時系列保護仮説」という考えを提案しました。
それは、“未来人が来ていないという事実こそが、時間旅行が不可能である証拠だ”というものです。
宇宙には、まだ知られていない「時間を守るための法則」が存在しているのかもしれません。
しかし、もっと大胆で、ある意味では狂気じみた解決法もあります。
それが、量子力学における多世界解釈です。
この考え方によれば、量子レベルで選択が起こるたびに、宇宙は無数に分岐していきます。
あなたが過去へ行き、祖父を殺したのは、「あなたが元いた世界」ではなく、分岐して生まれた別の世界の“別の祖父”だというわけです。
あなたの元の世界では、祖父は無事に生き続け、あなたも存在しています。
つまり、矛盾は発生しません。
この解釈に従うなら、時間機械とは“過去”に戻る装置というよりも、平行宇宙へ移動するためのエレベーターのようなものなのかもしれません。
「量子力学」を見つめ直したい方は、【アインシュタインが量子と出会った日――「虚無」から始まる宇宙の叙事詩】もあわせてお読みください。
それでも私たちが時間旅行に惹かれる理由
物理学者フリーマン・ダイソンは、物理学という営みをこうたとえたと言われています。
「物理学は、真っ暗な部屋で黒猫を探すようなものだ。時間旅行とは、その黒猫がときどき発する、かすかな鳴き声なのだ。」
人間は時間旅行そのものよりも、その「可能性」に強く惹かれます。
なぜなら、その向こうには、宇宙の根源的な問いが潜んでいるからです。
・因果律は本当に絶対なのでしょうか。
・意識や自由意志は、何によって決まるのでしょうか。
・過去や未来は、本当に“実在”しているのでしょうか。
・「私」とは、いったい何者なのでしょうか。
時間旅行というテーマは、パンドラの箱のようなものかもしれません。
もしそれを本当に開けてしまったら、そこから飛び出してくるのは希望ではなく、論理そのものを崩壊させる“悪魔”なのかもしれないのです。
星空を見上げるたびに、少しだけ想像してみてください。
ブラックホールの周囲で、ゆっくりと歪みながら流れている時間。
どこかにひっそりと潜んでいるかもしれないワームホール。
そして、平行宇宙で別の人生を歩んでいる“もう一人のあなた”。
それらは静かに教えてくれているのかもしれません。
宇宙には、決して触れてはいけない扉が、たしかに存在しているのだということを。
時間の矢が“前へ”にしか進まないこと。
それこそが、人間に与えられた最大の「保護」なのかもしれません。
「時間」については、別の記事【時間は逆流するのか?宇宙が仕組む「人生の巻き戻し」】で詳しく書いています。
おわりに
もしあなたが、H・G・ウェルズの小説に登場するような「レバーを引けば即出発」の時間機械に憧れていたとしても、アインシュタインの忠告を忘れてはいけません。
時間旅行は、必ず空間旅行でもあります。時間だけを単独で移動することはできません。
時間機械が作られた“以前”の時代へ戻ることはできません。恐竜時代を見たいのであれば、まずは“太古文明の機械”を探し出す必要があります。
そして、時間機械を作るために必要な“材料リスト”は、次のようになります。
・ブラックホール
・ワームホール
・暗黒エネルギーをはるかに超える未知の負の物質
・そして……銀河系全体のエネルギー
こうして並べてみると、やはりこれはガレージで作れる代物ではないことが、よく分かります。
しかし、本質はそこではありません。
宇宙の根底には、私たちの想像をはるかに超えた“裏口”が潜んでいるかもしれない――その可能性そのものが重要なのです。
時間旅行について考えるという行為自体が、宇宙の本質や因果、現実、そして「自分とは何か」という問いに触れることと同じなのだと言えるでしょう。
そして最後に、ジャック・ハンディの警告を思い出してみてください。
本当に怖いのは、時間旅行が可能かどうかそのものではありません。
時空のどこかで、あなたとそっくりな“もう一人のあなた”と、
気まずく、そして危険な「視線が交わる瞬間」を迎えてしまうことなのかもしれないのです。



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