Is Your Life a Pendulum or a Swing?
こんな感覚を味わったことはありませんか?
必死に残業して深夜に帰るとき、「人生って苦しいな、ただぐっすり眠りたい」と思う。
ところが、いざ長期休暇になると最初の二日間は天国のように楽しいのに、数日たつと逆に落ち着かなくなり、心がぽっかり空いたようで、スマホを見ていても焦りが込み上げてくる。
ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、これを見事に言い表しました。
「人生は苦痛と退屈のあいだを揺れ動く振り子である。」
よく考えてみれば、本当にその通りです。
•お金も暇もないとき、生活のプレッシャーに鞭打たれ、人生は“苦痛”一色に染まる。
•ようやくお金も時間も手に入れても、精神世界が空っぽなら、“退屈”という怪物がすぐに襲ってくる。
なぜこうなるのでしょう?
要するに、人間は「苦痛」と「退屈」に対する感受性が反比例するからです。
お腹を空かせている人は、頭の中は食べ物でいっぱいで「退屈だ」なんて考える余裕はない。
一方、毎日ご馳走を食べている人は、少しでも味が気に入らないと「つまらない食事だ」と文句を言う。
同じように、忙しく走り回っているときは「週末が退屈だ」なんて感じないけれど、暇を持て余すとソファが硬いだの、出前がまずいだの、不満ばかりが目につき始める。
「城の中にいる人は外に出たいと思い、城の外にいる人は中に入りたいと思う」。
結局また別の「城」を見つけてしまう。これこそが苦痛と退屈のループなのです。
「無常を見抜く」について、別記事で詳しく紹介しています。→【流砂の上に永遠の城を築こうとすること——「私」の無常を見抜き、真の自由に触れる】
振り子のジレンマ ― 三つの側面
1.外的条件のパラドックス
物質が乏しければ「得られない苦痛」。
物質が豊かすぎれば「意味の喪失という退屈」。
外部条件の変化だけでは根本解決にはならない。
2.感受性の反比例
苦痛に敏感な人は退屈に鈍感。退屈に敏感な人は些細な不快すら苦痛に感じる。
生活に追われる人は退屈を感じる暇がないが、豊かな人は小さな不満に苛立つ。
「苦痛」を見つめ直したい方は、【手放すことを学ぶ——人生の八苦を超える智慧】もあわせてお読みください。
「退屈」については、別の記事【「退屈の罠」から抜け出すには?】で詳しく書いています。
3.システムの不均衡
人生をシステムと見るなら、「外部資源」と「内的秩序」がバランスを欠いたとき、システムは不調をきたす。
外ばかりに依存すれば、欠乏(苦痛)か過剰(退屈)で崩壊する。安定のカギは精神的な核を築くことにある。
振り子からブランコへ
こう聞くと逃れられない運命のように思えるかもしれません。
でも私たちは、本当にただの「振り子」でいるしかないのでしょうか?
そんなことはありません。
私たちは自分の意思で「ブランコ」を漕ぐことができるのです。
イギリスの小説家オリヴァー・ゴールドスミスはこう言いました。
「どこにいようとも、幸福を得るためには自らに求めるしかない。」
外部から与えられるものは、不足すれば苦痛になり、繰り返されれば退屈になる。
だからこそ、自分自身の精神世界を築くことが不可欠なのです。
友人・不凡の物語

私の友人、不凡(フーファン)は典型的な“振り子人間”でした。
仕事は安定しているのに、退屈の沼に沈み、「人生の先が見えてしまった」と感じていました。
ところが、彼は木工を学び始めたのです。
最初は歪んだスプーンから始まり、やがて丈夫な椅子まで作れるようになった。
彼はこう語ります。
「削る、磨く、切ることに没頭していると、時間が消えたようで、心が静かに満たされる。仕事の悩みも、週末の退屈も、すっかり忘れてしまうんだ。」
つまり彼は、「ちょっと背伸びしなければ届かない挑戦」を自ら設定したのです。
これこそ心理学で言う「フロー(心流)」。
全身全霊で挑戦的な活動に没頭すると、苦痛も退屈も同時に断ち切れるのです。
古代ギリシャの哲学者ルキアノスはこう言いました。
「精神的な富こそが唯一の本当の富である。」
振り子を止める六つの方法
1.内側に投資する ― 精神の家を建てる
暇をすべて動画に費やすのはやめましょう。難しい本を読む、興味のある楽器を学ぶ、毎日10分瞑想する。短期的には成果が見えなくても、心の基盤を強化してくれます。
2.外に創造する ― 「フローの遊び」を見つける
書く、プログラミングする、登山する、ボランティアをする……。集中し、挑戦し、没頭できるものが、あなたを前に進める力になります。
3.精神的免疫力を鍛える
筋トレのように心を鍛える。読書、思索、「役に立たない技術」の習得。これは功利のためではなく、心の避難所をつくるため。
4.適度な挑戦を設定する
ハーフマラソンに挑戦する、難しい料理を作る、趣味のプロジェクトを完成させる。苦痛と退屈のあいだに「意味の張力」をつくり出す。
5.利他主義を実践する
「自分に欠けているもの」ではなく「自分が与えられるもの」に目を向ける。人を助けることは、空虚を打ち破る最強の武器。
6.システム思考を持つ
定期的に自分の生活システムを点検する。「外部資源」と「内的秩序」は釣り合っているか? 苦痛は資源不足、退屈は内的停滞のサインかもしれない。
結びに
人生というゲームは、苦痛と退屈がデフォルト設定です。
しかしコントローラーは自分の手の中にある。新しいステージも、自分で解放できる。
振り子の法則を知ることは、諦めることではなく、賢く生きる知恵です。
精神と創造で自分を武装すれば、あなたはもはや受け身の振り子ではなく、自らブランコを漕ぐ人になるのです。
そしてブランコを漕ぐたびに、新しい風景が見えてくる。
幸福は苦痛の果てにも、退屈の向こうにもなく、あなたが主体的に生きるその瞬間に宿る。
カミュの言葉を借りれば――
「冬のただ中で、私はついに自分の中に打ち勝てない夏を見いだした。」
その夏は、自分自身で見つけ、灯すしかありません。
だから、友よ。
「お金を稼ぐ」か「寝転がる」か、その二択が人生の答えではないのです。
それは振り子の両端に過ぎません。
本当の知恵とは、どちらかにとどまることではなく、自分の重心を見つけること。
知識で頭を武装し、熱意で心を満たせば、振り子は安定し、外の風雨にも動じなくなる。
やがて気づくでしょう。
人生とは苦痛と退屈の二択ではなく、動的なバランスのなかで、精神のしなやかさと広がりを生きることなのだと。



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