Why You’re Competent but Not Trusted
———その答えは、たった8つの言葉にある。
言葉は、人間が手にすることのできる最もコストが低く、最も効果の高い「社会的レバレッジ」です。
アルキメデスが地球を動かすために杠杆を求めたように、
私たちは、わずかな言葉によって、
停滞した関係を動かし、冷えたチームを温め、そして自分の未来さえも変えることができるのです。
想像してみてください。
あなたはあるプロジェクトチームのリーダー。進捗は遅れ、空気は重い。
メンバーのアキオが提出した報告書には明らかなミスがありました。
そのとき、あなたはどう言いますか?
A:「ここ間違ってる。早く直して。」
B:「アキオ、全体の構成はとてもいいね。でも、ここに少し気になる部分があるんだ。一緒に見てみようか?」
もし自分がアキオなら、どちらの言葉に耳を傾けたいでしょうか。
答えは明白です。
この違いの背景にあるのが、アメリカの経営学者レス・ギブリン(Les Giblin)が提唱した
「レイボーフ法則(Rebough’s Law)」———
言葉で信頼と協働を築くための黄金律です。
レイボーフ法則の核心
この法則は、多くの優れたリーダーによって
“信頼を生む言葉の階段”として語り継がれてきました。
その8つの言葉には、人の心を静かに、しかし確かに動かす力があります。
一番大切な八文字:「私が間違っていました。」
一番大切な七文字:「あなたはよくやった!」
一番大切な六文字:「あなたはどう思う?」
一番大切な五文字:「いっしょにやろう!」
一番大切な四文字:「試してみよう!」
一番大切な三文字:「ありがとう!」
一番大切な二文字:「私たち。」
一番大切な一文字:「あなた。」
本物のリーダーシップは、地位や権限から生まれるものではありません。
謙虚さと敬意、そして思いやりを込めた言葉から生まれる“信頼”こそが、
人を自ら動かす原動力となるのです。
「身を低くする」ことは、弱さではなく強さ
———「私」から「私たち」への転換。
レイボーフ法則の最初の八文字「私が間違っていました」と、
最後の二文字「私たち」は、
「リーダーは常に正しい」という固定観念を根底から覆します。
●システム思考の視点
チームとは、ひとつの精密なシステムです。
「上司は常に正しい」という状態は、一見安定しているように見えて、
実はフィードバックの循環を断ち切り、
チームの修正力と柔軟性を奪ってしまいます。
一方、リーダーが自らの誤りを認める行為は、
心理的安全性という潤滑油をシステムに注ぎ込み、
創造力と協働を同時に活性化させます。
「システム思考」については、別の記事【システム思考:複雑な世界を見抜く「透視鏡」】で詳しく書いています。
●逆転の思考
ハンフリー・ニールは『逆向き思考の技術』でこう警告しました。
「みんなが同じように考えるとき、誰もが間違っているかもしれない。」
異論のないチームは、すでに危険信号を発しているのです。
誤りを認めるリーダーこそが、
多様な声を受け入れ、思考停止という沈黙からチームを救い出す存在なのです。
「逆向き思考」を見つめ直したい方は、【逆転の発想——枠を超えて選択肢を広げる思考法】もあわせてお読みください。
あるリーダーの実話

林マネージャーは会社屈指の技術エースでした。
判断は早く、信念も強い。
しかし、時にその自信は独断へと変わってしまいました。
新製品の開発会議で、反対意見を押し切り、
ある技術方針を採用した彼。
だが中盤で、若手エンジニア・アールが
「互換性にリスクがある」と気づきましたが、
上司に意見できず、沈黙を選びました。
結果、プロジェクトは崩壊寸前に。アールは退職を決意します。
事情を知った林マネージャーは、深く反省しました。
次の全体会議で、彼は初めてこう言いました。
「私が間違っていました。前回の失敗は私の責任です。
自信が過ぎて、アールの貴重な意見を無視してしまいました。本当にすみません。」
会場は静まり返り、やがて大きな拍手が起こりました。
「あなたはよくやった。アール、ありがとう。
あなたの意見を聞かせてほしい。
今回は、みんなで考え、私たちでやろう。」
その瞬間、チームの空気が変わりました。
意見を交わし合い、支え合う文化が生まれ、
新プロジェクトは見事に成功を収めました。
林マネージャーは後に語ります。
「以前は“権力”が人を動かすと思っていました。
でも本当は、“信頼”こそが人を動かすのだと知りました。」
人を持ち上げることは、自分を高めること
———「あなた」から「あなた様」への昇華。
「あなたはよくやった。」「ありがとう。」「あなたはどう思う?」
———こうして相手を主語に置くことが、レイボーフ法則の核心にあります。
●心理学的な背景
人は誰しも「自己尊重の欲求」を持っています。
経営の巨匠ピーター・ドラッカーは言いました。
「マネジメントの本質は知識ではなく行動にあり、
その真価は理屈ではなく成果で測られる。」
そして、他者に成果を生み出させる最も効果的な方法は———
その人を認め、尊重することです。
●時間軸の転換
短期的には叱責がミスを正すかもしれません。
しかし、長期的には感謝と称賛が信頼を育み、
協働を円滑にします。
レイボーフは言いました。
「これらの言葉を頻繁に使いなさい。
そうすれば、あなたの努力は半分の力で倍の成果を生むだろう。」
レイボーフ法則を日常に根づかせる
理論は美しくても、行動にしなければ意味がありません。
小さな「マイクロハビット(微習慣)」から始めましょう。
朝会で「試してみよう!」と言う
「~しなければならない」を「試してみよう」に変えるだけで、
命令は“招待”に変わります。メンバーの探求心と主体性が自然に芽吹きます。
メールの締めに「ありがとうございます!」
形式的なあいさつで終わらせず、相手の時間と努力への敬意を込めましょう。
意思決定の前に「あなたはどう思う?」と尋ねる
重要な決定の前に、少なくとも3人の意見を聞くルールを。
それだけでチーム全体に「私たち」という意識が根づきます。
「マイクロハビット(微習慣)」について、別記事で詳しく紹介しています。→【変わりたいなら、気合ではなく「微習慣」です】
結びに
レイボーフ法則の真髄は、“言葉のテクニック”ではなく、“視点の変化”にあります。
「自分が正しい」から「共に進む」へ。
「命令する」から「支える」へ。
「孤立」から「共創」へ。
それは、言葉を通じて世界の見方を変える哲学なのです。
華やかな言葉ではなく、敬意・信頼・思いやりを込めた
シンプルな言葉こそが、人を動かす本当の力になります。
デール・カーネギーは言いました。
「人が成功する要素のうち、技術は15%。
残りの85%は、人間関係と処世術による。」
レイボーフ法則は、まさにその“85%”を支える最強の道具です。
明日の朝、一番最初の「私たち」から始めてみませんか?
言葉で信頼の橋を架けるとき、
あなたが動かすのは、ただのプロジェクトではなく———
もっと広く、温かな世界そのものです。
「この世で最も強い力は、剣ではなく、争いを和解に変える言葉である。」――ことわざ
信頼とは、すべての協働を支える唯一の通貨。
そして、真心のこもった言葉こそ、その通貨を鋳造する炎なのです。


コメント